CEDEC2024講演で深堀り — やねうらお・たややん
これまで学んできた 機械学習・ニューラルネット・学習アルゴリズム・CNN・Transformer。 これらすべてが将棋AIに 実装され、プロ棋士を超え、今も進化し続けている 様を、本章で総まとめします。 CEDEC2024 のやねうらお・たややん両氏の講演動画を中核に、サイト全体の知識が「将棋AI」というひとつの実例で繋がります。
この章の全体像
歴史で全部追体験
1974年から2024年までの将棋AIの50年。機械学習・DLの歴史と完全にパラレルに進化してきた。
2大潮流が共存
NNUE型(CPU + α-β + 浅いMLP)と DL型(GPU + MCTS + 深いCNN)の2系統が並走。
世界最強はあなたかもしれない
ソースコードもデータも 完全公開。「ワン・アイデア」で最強 になる余地が今も残っている。
💡 核心: これまでの章で学んだ概念は、すべて 将棋AIで「実装され、闘い、進化している」。 抽象的な機械学習論ではなく、具体的に 勝率・レーティング・棋力 という形で現実の指標として現れる。 それゆえ将棋AIは、機械学習を学ぶうえで最高の 実例集。
CEDEC2024 講演「将棋AIの過去・現在・未来」
この章は、2024年8月のゲーム業界カンファレンス CEDEC2024 で行われた、 やねうらお(やねうら王 開発者)と たややん(水匠 開発者)による講演動画を中核にしています。
まずは動画を視聴することを 強く推奨します。これまでの章で学んだ概念がすべて、リアルな将棋AI開発の現場でどう使われているかが分かります。
以下、講演の主要内容を整理し、本サイトの他章で学んだ概念との対応を明示しながら、丁寧に解説していきます。
1. 将棋AIの50年史 — 機械学習史と完全パラレル
将棋AIの歴史は、機械学習・AIの歴史そのものと完全に並走してきました。 各章で学んだ概念が、どの時代に将棋AIに導入されたかを追ってみましょう。
📚 補足:1.1 黎明期(1974〜2005)— 人間設計の時代(クリックで展開)
1974年:将棋AI誕生。評価関数 + Minimax法のシンプルな構成。
この時代の評価関数は、人間が手で設計。「歩=100点、飛車=1000点」のような駒の点数や、玉の囲い、駒の利きなどを職人技で重み付けしていました。
1.2 機械学習革命(2005〜)— Bonanzaメソッド
2005年:Bonanza登場(保木邦仁氏)
「プロ棋士の指し手を最善とするように、評価関数の重みを自動学習する」という発想。 これにより「評価関数作りは職人技」という時代が終わった。
駒の点数や囲いの評価などの数千万のパラメータが、データから自動的に決まるようになりました。
対応:第1章「機械学習」 + 第4章「学習の仕組み」
これは 第1章 で説明した、人類史でいうと 「人間が手で決めていた重みを、機械学習で自動決定する」革命。将棋AIで2005年に起きました。
📚 補足:1.3 オープンソース化(2015〜)— エコシステム形成(クリックで展開)
2015年:やねうら王 GitHub公開
やねうらお氏がやねうら王のソースコードを完全公開。 高度にモジュール化された構造により、多くの開発者が改変・派生しやすくなりました。
これによって 「探索部はやねうら王、評価関数は別の人が学習」 という分業エコシステムが成立。 水匠(たややん氏)、tanuki-、Háo などが次々と誕生。
🔧 「探索部」と「評価関数」は何が違うのか
将棋AIは 2つの独立した部品 で出来ています。役割分担はこんな感じ:
| 部品 | 仕事 | たとえると… |
|---|---|---|
| 🌲 探索部 | 1局面から派生する 「指せる手の木」 を、何手も先まで読み進めて最善手を選ぶ | 「将棋の 読み手」 |
| 📊 評価関数 | ある局面を見せられたら、「先手にとってどれくらい有利か」 を数値で返す | 「将棋の 大局観の眼」 |
JavaScriptで両者の関係を書くと
// 🌲 探索部:α-β木探索で「最善手」を見つける(やねうら王が担当)
function search(position, depth) {
if (depth === 0 || isGameOver(position)) {
// ★ 葉のノードで「評価関数」を呼んで局面の点数を取得
return evaluate(position); // ← ここがNNUE / 水匠 / Háo などの差し替えポイント
}
let bestScore = -Infinity;
for (const move of generateLegalMoves(position)) {
const nextPos = applyMove(position, move);
const score = -search(nextPos, depth - 1); // 相手番は符号反転(負号)
if (score > bestScore) bestScore = score;
}
return bestScore;
}
// 📊 評価関数:1局面 → 1つの数値(NNUE / 水匠 / Háo などが担当)
function evaluate(position) {
// ここの中身が「水匠」「Háo」「tanuki-」で違う
// 入力: 盤面 → HalfKP特徴ベクトル
// 中身: 学習済みの浅いMLP(NNUE)
// 出力: 評価値(+120 = 先手やや有利、など)
return nnueEvaluate(position);
}
「search(...)」 の中身がやねうら王本体(探索の達人)、 「evaluate(...)」 の中身が水匠やHáo(評価の達人)。 関数の境界線が完全に分かれている から、評価関数だけ別人が育てたものに差し替えても動きます。
なぜこの分業が画期的だったのか
- 探索部の改良:木探索アルゴリズム、枝刈り、並列化など 「アルゴリズム職人」の腕の見せ所
- 評価関数の改良:機械学習、データセット、ハイパーパラメータなど 「データサイエンス職人」の腕の見せ所
- 両者は 必要なスキルセットが全然違う。1人で全部やるより、得意な人がそれぞれ磨くほうが圧倒的に強くなる
結果として、やねうら王本体は 1つでも、その上で動く評価関数は 水匠、Háo、tanuki-、… と複数並走し、それぞれが 独立して進化するエコシステムが成立。
💡 1行まとめ: やねうら王(探索の達人)+ 水匠やHáo(評価の達人)の 分業構造が、将棋AI界の高速進化を可能にした。
1.4 NNUE登場(2018〜)— 浅いMLPの革命
2018年:NNUE(Yu Nasu / 那須悠氏)発明
「効率的に差分更新できるニューラルネット」。CPU上で秒間数百万局面の評価を可能にした。
将棋発の発明がチェス(Stockfish)に輸出され、世界標準になった稀有なケース。
🧠 技術詳細:NNUEのアーキテクチャ(クリックで展開)
技術的には 浅いMLP(4層程度)。盤面の特徴 HalfKP(玉と他駒の関係)をスパースな2値ベクトルとして入力し、ClippedReLU活性化を使う。
1.5 ディープラーニング派の台頭(2017〜)
2017年:AlphaZero(DeepMind)発表
Googleの DeepMind(イギリスのAI研究所)が、囲碁・将棋・チェスを「単一のアルゴリズム」で世界最強に という衝撃的な発表をした年。 それまでは「将棋なら将棋専用のソフト、チェスならチェス専用のソフト」が当たり前でしたが、AlphaZeroは 「ゲームのルールしか教えていないのに、各分野の世界最強を超えた」 ことで衝撃を与えました。
AlphaZero の3つの革新
| 要素 | 従来(Bonanza系) | AlphaZero |
|---|---|---|
| 評価関数 | 浅い線形モデル or 浅いMLP | 深いCNN + ResNet(数十層〜) |
| 探索アルゴリズム | α-β木探索(全幅で読む) | MCTS(モンテカルロ木探索):方策ネットが「読むべき手」を絞る |
| 学習データ | プロ棋譜を教師あり学習 | 自己対局による強化学習(人間データ ゼロ) |
特にすごいのは「人間の棋譜を一切使わない」こと
AlphaZero は ルールだけ知った状態からスタートし、自分自身と何百万回も対局を繰り返すことで強くなりました。 プロ棋譜という「人間の蓄積」に頼らずに、たった 9時間の学習 で当時の世界最強チェスソフト Stockfish に圧勝(チェス)、将棋でも世界最強級だった elmo を圧倒。
📐 補足:AlphaZeroの自己対局による強化学習サイクル
強化学習の3要素は 第4章 の「教師あり学習」とは違う設計:
// AlphaZero の学習サイクル(疑似JS)
let model = randomInit(); // ① 完全にランダムな状態から開始
for (let iter = 0; iter < manyIterations; iter++) {
// ② 現在のモデル同士で何百万回も自己対局
const games = playSelfGames(model, model, { count: 1_000_000 });
// ③ 勝敗(+1/-1/0)を「正解ラベル」として学習
// 勝った側の手は「良い手」、負けた側の手は「悪い手」
model = train(model, games);
}
// ④ プロ棋譜なし、ルールだけ。それでも世界最強に至る
重要なのは 「強くなったモデルでまた対局→さらに強くなる」 という自己ブートストラップ。 理論上 人間が思いつかない指し方 を発見できるのがこの設計の最大の利点(実際、AlphaGo Zeroは囲碁で前例のない布石を発見しました)。
日本への波及
AlphaZeroの論文を読んだ日本の将棋AI開発者たちが、すぐに 同じアプローチを実装し直し始めました:
- dlshogi(山岡忠夫氏):日本のDL系将棋AIの代表格。OSSで公開
- AobaZero:完全な自己対局のみで学習する純粋なAlphaZeroクローン
- ふかうら王:やねうら王のDLバージョン
- 棋神アナリティクス:商用化された DL 系評価エンジン
対応:第5章「CNN」 + 強化学習 × DL
2. プロ棋士を超えるまで
2013年はコンピュータ将棋にとって象徴的な年。機械学習で評価関数を作る手法(Bonanzaメソッド)の延長線上で、プロ棋士のレベルを大きく超えた瞬間です(Gikou がレーティング3713を記録、プロ上限3000〜3300を突破)。
📊 補足図解:プロ超え年表(Bonanza → ponanza → Gikou)(クリックで展開)
| 年 | 出来事 | レーティング |
|---|---|---|
| 2009 | Bonanza が竜王・渡辺明氏と対局 | 2815 |
| 2013 | ponanza が佐藤慎一四段に勝利 | 3000+ |
| 2013 | Gikou がプロ棋士の限界を超える | 3713 |
| (参考) | プロ棋士の限界とされる値 | 3000〜3300 |
📝 具体例:画像認識(AlexNet 2012)と同時期に「人間超え」(クリックで展開)
画像認識でディープラーニングが革命を起こした 2012年(AlexNet)と1年違いというのも興味深い。 画像認識と将棋AIは、ほぼ同時期に「人間超え」を達成しました。
3. 現代の2大潮流 — NNUE型 vs DL型
2024年現在、世界トップクラスの将棋AIは 2系統に大別されます。 これは 第2章 で見た「浅いNN vs 深いNN」の対立そのもの。
3.0 図の単語を1つずつ解説
下の比較カードに出てくる単語を、まずは1つずつ噛み砕いておきます。
| 単語 | 意味 | 関連する章 |
|---|---|---|
| α-β木探索 | 将棋AIの古典的な「読み」のアルゴリズム。「全部の手を順番に展開して、最善手を探す」 全幅探索の改良版。 相手の最善応手を考えると不利になる枝は α-β枝刈り で早めに打ち切るので、無駄読みが減って速い。 | — |
| MCTS(モンテカルロ木探索) | AlphaGo / AlphaZero が広めた読みのアルゴリズム。ネット(方策ヘッド)が「読むべき手」を推薦し、そこを優先的に深く読む。 全部の手を読まずに 「賢く読む手を絞る」 のが特徴。 | — |
| MLP | 多層パーセプトロン。全結合層を直列に並べた素のニューラルネット。空間構造を持たない素朴な構造。 | 第3章 |
| NNUE | Efficiently Updatable Neural Network の略。浅いMLPを 差分更新で高速に動かす将棋AI発の発明。 盤面の特徴は HalfKP(玉と他駒の関係)で表現。 | 第7章 |
| 量子化(int8/int16) | 重みを 小数(float32)から整数(int8/16)に圧縮。サイズが 1/4〜1/2 になり、CPUのSIMD命令(並列整数演算)で高速計算できる。 | — |
| 差分更新 | 1手指すたびに 変化したビットだけ加減算して入力層の活性化を更新する技。全再計算するより数十倍速い。 | 第7章 |
| CNN | 畳み込みニューラルネット。盤面を 「画像のような2D構造」として扱い、3×3カーネルを滑らせて局所パターンを抽出。 | 第5章 |
| ResNet | 残差接続を持つCNN。「層の入力を出力にそのまま足す」 ショートカットで勾配消失を防ぎ、数十〜数百層の深いネットを学習可能にした。 | 第5章 §3 |
| 方策(Policy) | 「次にどの手を指すべきか」の 確率分布。例:▲7八金 30% / ▲5八玉 25% ⋯ | 第7章 §3 |
| 評価値 | 「先手にとってどれくらい有利か」を表すスカラー値(例: +120 = 先手やや有利、−500 = 後手大優勢)。 | 第7章 §2 |
| GPU | Graphics Processing Unit。行列演算が大量並列で得意。深いCNNの学習・推論には事実上必須のハードウェア。 | — |
3.1 NNUE型 vs DL型 — 比較カード
NNUE型
探索部: α-β木探索(やねうら王)
↓
評価関数: 浅いMLP(NNUE)
- 4層程度
- CPUで動作
- 量子化(int8/int16)
- 差分更新で高速
代表例:
- やねうら王 + 水匠
- やねうら王 + Háo
- やねうら王 + tanuki-
長所:
- CPUで秒間数百万局面
- ノートPCでも動く
- 普及性が高い
「速さ × 大量探索」で攻める。一般家庭のPCで動くのが強み。
DL型
探索部: モンテカルロ木探索(MCTS)
↓
評価+方策: 深いCNN + ResNet
- 数十〜数百層
- GPU必須
- AlphaZero流
代表例:
- dlshogi
- ふかうら王
- AobaZero
- 棋神アナリティクス
長所:
- 深い局面理解
- 「読み抜け」が少ない
- 終盤・複雑局面で強い
「深い理解 × 賢い選択」で攻める。GPU必須だが終盤で輝く。
3.2 両者の哲学を1行で対比
| 軸 | NNUE型 | DL型 |
|---|---|---|
| 戦略 | 1局面の評価は「軽くて雑」だが、大量の局面を読む | 1局面の評価は「重くて精密」、少ない局面を深く読む |
| NN の深さ | 4層(浅い) | 20〜40層(深い) |
| 1局面の評価時間 | マイクロ秒オーダー | ミリ秒オーダー(千倍違う) |
| 1秒に読む局面数 | 数百万局面 | 数千〜数万局面 |
| 必要なハード | CPU(ノートPCでもOK) | GPU(高価) |
| 「方策」がある? | なし(探索が手を全部読む) | あり(読むべき手を絞る) |
| 得意な局面 | 序盤・中盤(手数が多くても捌ける) | 終盤・複雑局面(深い読みが要る) |
3.3 なぜ「2大潮流」になったのか
NNUE型とDL型は 哲学が真逆 です:
- NNUE型:「とにかくたくさん読む。1手の評価は雑でも、何百万局面読めば最善手が見つかる」(量で勝つ)
- DL型:「読む手を絞って、1手1手を深く理解する。AlphaZero的な賢さで勝つ」(質で勝つ)
どちらか一方が圧勝するわけではなく、得意な局面が違うので相補的。 将棋ソフト選手権でも、NNUE型と DL型が 互角に競り合うのが現状です。 将来は 両者のハイブリッド(DL型の方策で読む手を絞り、NNUE型の評価で深く読む)も研究されています。
💡 1行まとめ: NNUE型は 「CPU・浅い・速い・大量読み」、DL型は 「GPU・深い・遅い・賢く読む」。 どちらか1つが消えることはなく 共存しています。
4. これまでの章の概念が、将棋AIで全部実装されている
動画を見ながら、次の対応表を意識してみてください。 抽象的だった機械学習の概念が、すべて実在する将棋AIに実装されていることが見えてきます。
📊 補足図解:本サイトの概念 × 将棋AI実装の対応表(全14項目)(クリックで展開)
| サイトで学んだ概念 | 将棋AIでの実例 | 関連章 |
|---|---|---|
| 機械学習 | Bonanzaメソッド(2005) | 第1章 |
| 教師あり学習 | NNUE評価関数の学習(局面 → 評価値) | 第1章 |
| 強化学習 | AlphaZero、dlshogi の自己対局 | 第2章 補足 |
| ディープラーニング | NNUE(浅い)+ dlshogi(深い) | 第2章 |
| MLP | NNUEの内部構造(HalfKP_256x2-32-32) | 第3章 |
| 活性化関数(ClippedReLU) | NNUEで標準採用、整数演算で高速化 | 第3章 |
| 損失関数 | NNUE学習のMSE + 交差エントロピー混合 | 第4章 |
| 勾配降下法 / Adam | nnue-pytorchでの学習(数日でR4900級) | 第4章 |
| 誤差逆伝播法 | nnue-pytorchの内部 | 第4章 |
| 量子化 | NNUEのint8/int16化(CPU高速化のため) | 第4章 |
| CNN + ResNet | dlshogi の評価ネット | 第5章 |
| MCTS(モンテカルロ木探索) | dlshogi、AlphaZeroの探索部 | 第5章 |
| α-β探索(古典) | やねうら王の探索部 | (古典AI) |
| Transformer / Attention | (将来候補) 評価関数への応用が研究中 | 第5章 |
💡 感じてほしいこと: サイトの第1章〜第5章で学んだ概念が、すべて将棋AIに実装されている。 抽象的だった機械学習論が、レーティング・勝率という具体的な指標として観測できる。 これが将棋AIを「機械学習を学ぶ最高の実例」と呼ぶ理由です。
5. 現在の最強ソフト(2024 → 2025 → 2026)
将棋AIの最強争いは 毎年塗り替えられる ハイペース。最近3年間の優勝ソフトと、その技術的特徴を追います。
5.1 2024年 — WCSC34 優勝
🏆 「お前、CSA会員にならねーか?」(2024年 WCSC34)
レーティング 4914(ノートPC、5秒思考の条件下)。 プロ棋士の上限(〜3300)を 1600以上も上回る 異次元の水準。
技術的特徴
- 系統:NNUE型(やねうら王ベース + 自前NNUE評価関数)
- 探索部:やねうら王(α-β木探索 + LMR + Null Move Pruning + 並列)
- 評価関数:NNUE ベース、独自にチューニング
- 学習データ:強豪エンジン同士の自己対局で生成した数十億局面
- 特徴:オープンソース化された 水匠・Háo 由来の技術を発展させたチーム作品
5.2 2025年 — WCSC35 の動向
🏆 「お前、CSA会員にならねーか?」連覇(2025年 WCSC35)
レーティング R5000 超えを達成(5秒思考環境下)。前年の自分を 100〜200 上回る形で連覇。
2025年のトレンド
- NNUE型の進化:HalfKP の派生(HalfKAv2_hm など)が広がり、評価精度がさらに向上
- 定跡データベースの大型化:強化学習+自動生成で定跡が爆発的に成長。序盤の事故が激減
- 互角局面集の改善:教師データの偏りを修正する研究が進展
- DL型勢の追い上げ:dlshogi系(dlshogi・ふかうら王)が NNUE型に肉薄
5.3 2026年 — 注目の技術トレンド
2026年現在、将棋AI界では 「もう人間にはかなわない」を前提に、内部技術の革新フェーズに入っています。
① Transformer / Attention の評価関数への導入
NNUE が HalfKP特徴 → MLP という古典的な構造を採用しているのに対し、 第5章で見た Self-Attention を組み込んだ評価関数の研究が活発化。 「玉と他駒のペア」だけでなく、「盤面上のあらゆる駒同士の関係性」を同時に評価できる可能性があります。
② ハイブリッド型エンジン(NNUE + DL)
「NNUE型の速さ」と「DL型の深い理解」を 同一エンジン内で切り替える 研究が進行中。
- 序盤・中盤の力技局面 → NNUE型で大量読み
- 終盤の複雑局面 → DL型に切り替えて深い読み
- 2026年時点で実用化に向けた競争段階
③ AlphaZero 後継の純粋強化学習
dlshogi 系統では、人間データを一切使わない自己対局のみで学習させた AobaZero や、それを商用化レベルまで高めた 棋神アナリティクス が進化を続けています。
④ 計算資源での差別化
GPUクラスタを用いた長期間の強化学習で他者を引き離す戦略。AlphaZero が示した「計算資源 = 強さ」の方程式は今も健在。 クラウドGPU の安価化で個人開発者でも参戦しやすくなってきています。
📊 2024〜2026 主要ソフトの技術系統まとめ(クリックで展開)
| ソフト | 系統 | 探索 | 評価関数 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| お前、CSA会員にならねーか? | NNUE | α-β(やねうら王) | NNUE | 2024・2025連覇、R4900〜5000+ |
| 水匠(たややん氏) | NNUE | α-β(やねうら王) | 独自NNUE | NNUE評価関数の代表。教師データ生成も公開 |
| Háo | NNUE | α-β(やねうら王) | 独自NNUE | 高棋力で安定。終盤に強い |
| tanuki- | NNUE | α-β(やねうら王) | 独自NNUE | 研究系。新しい学習手法の実験場 |
| dlshogi(山岡忠夫氏) | DL | MCTS | 深いCNN+ResNet | 日本のDL系代表。AlphaZero型 |
| ふかうら王 | DL | MCTS(やねうら王枠) | dlshogi系モデル | やねうら王のDLバージョン |
| AobaZero | DL | MCTS | 深いCNN+ResNet | 純粋AlphaZeroクローン。人間データゼロ |
| 棋神アナリティクス | DL | MCTS | 独自CNN | 商用化。プロ棋士の研究ツール |
5.4 人類との実力差
参考までに、人間最強でも R3000 程度。「人間 vs AI」はもはや勝負にならず、AIは 人間が分からない領域での自己対局 で進化を続けています。
💡 1行まとめ: 2024〜2026年はNNUE型「お前、CSA会員にならねーか?」が連覇する一方、DL型が肉薄。 次の革新は Transformer導入か NNUE+DLハイブリッドか、注目です。
6. 未来 — 「ワン・アイデア」で世界最強になれる
講演で最も印象的だったのが、講演者の 「ワン・アイデアで最強の将棋AIが作れる可能性がある」 という発言。
その理由は、現代の将棋AI開発が完全な オープンソース・エコシステム として成立していること:
- やねうら王のソースコード公開(2015年〜)
- dlshogiのソースコード公開
- 水匠の評価関数(過去バージョン)の公開
- nnue-pytorch による学習コードの公開
- 互角局面集、教師データの公開
これらすべてを土台に、1点だけ改良できれば、世界最強の将棋AIになれる可能性があります。
改善の余地 — 5つのフロンティア
🧠 評価関数の改良
NNUEのアーキテクチャは HalfKP_256x2-32-32(2018年起源)が今も主流。 Transformer の Attention機構 を取り入れる試みなどが研究されている。
第3章 + 第5章 Transformer
📊 教師データの調整
どんな局面を学習させるかで強さが変わる。 序盤の弱点を補う、振り飛車に特化、レアな局面を意図的に追加などの戦略がある。
第4章 学習データ
📖 定跡の自動生成
序盤の手筋集(定跡)を、グラフ理論や強化学習で自動生成する研究。 人手で作る限界を超えられる可能性。
強化学習
🔍 探索部の改良
α-β探索やMCTSの効率化。Stockfish(チェス)の最新探索技術を将棋に移植する、新しい枝刈り手法を発明する、など。
α-β / MCTS
💰 計算資源
GPUで数週間学習させることで他者を引き離す。スポンサーシップで巨大な計算資源を確保。 AlphaZeroが採った戦略。
学習資源
これら5つすべてで既存ソフトを上回る必要はない。どれか1つで突破口を開けば、世界最強になれる。 これがやねうらお・たややん両氏の主張です。
🎯 もしかしたら…: このサイトを読んだあなたが「Transformerで評価関数を作る」「強化学習で定跡を自動生成」など、 1つのアイデアを実装すれば、世界最強の将棋AIの開発者になれるかもしれない、という現実。
7. 必勝法は存在するか
講演の質疑応答で出た面白い問い:
Q. 将棋AIは将棋の必勝法に到達できるのか?
たややん氏の答えは:理論的にはある。しかし現実的には到達不可能。よって将棋AIは終着点には到達せず、永遠に進化し続けます。
📐 数学:「二人零和有限確定完全情報ゲーム」と局面数の宇宙的スケール(クリックで展開)
数学的には、将棋は 「二人零和有限確定完全情報ゲーム」 に分類されます。これは:
- 二人零和:2人で対戦し、片方の勝ちは片方の負け
- 有限:手数が有限
- 確定:偶然性なし
- 完全情報:両者がすべての情報を見られる
このタイプのゲームには 理論上は必勝法(または引き分け戦略)が存在する ことが数学的に証明されています。
A. 理論的にはある。しかし将棋の選択肢の膨大さと必要なデータ容量から、 現実的には到達不可能。
将棋の合法局面数は約 $10^{69}$ と推定されています。これは 観測可能な宇宙の原子数(約 10^{80}) よりは少ないものの、 地球上の砂粒の数(約 10^{20}) や 宇宙の年齢(秒換算 4×10^{17}) を遥かに超える。
まとめ
- 将棋AIの50年史は、機械学習・AIの歴史と完全に並走している
- 2005年 Bonanzaメソッドで機械学習革命、2013年に プロ超え、2018年 NNUEでCPU上の革命
- 現代は NNUE型(CPU + 浅いMLP)と DL型(GPU + 深いCNN)の2大潮流
- これまでサイトで学んだ概念は すべて将棋AIで実装され、闘い、進化している
- 2024年最強ソフトの レーティング 4914。人間限界を1600以上引き離す
- 未来:5つのフロンティアのうち 1つで突破口を開ければ、世界最強になれる
- 必勝法は理論的に存在するが、現実的には到達不可能。研究は永遠に続く
💡 サイト全体の総括: 統計学 → 機械学習 → ニューラルネット → ディープラーニング → CNN/Transformer。 これらの抽象的な概念は、将棋AIの中で 「実装され、闘い、進化する」具体的な技術として生きています。 やねうらお・たややん両氏の講演動画は、そのすべてを 50年史の物語 として教えてくれます。 ぜひ動画を最後まで見てください。
次の章
第8章は 「AIを作る側」 の開発者視点でしたが、次の 第9章 は プロ棋士視点 で将棋AIを学べます。 中村太地八段が水匠開発者・たややん氏と対談した動画を中核に、推定選択率・実質勝率の新指標、棋風を真似るクローンAIなどの最先端トピックを扱います。
📝 具体例:自分でも将棋AIをセットアップしてみる(クリックで展開)
動画を見て、自分でも将棋AIを動かしてみたくなったら、まっしー版のセットアップガイドが既にあります:
- やねうら王 V9.00 + Háo による無料セットアップ手順(macOS, Apple Silicon対応)
- ShogiHomeを使った棋譜検討・解析環境
これらのセットアップは別の場所にまとめられています(CEDEC2024講演で紹介された全エコシステムの実装)。